120 田中家長屋門 【建築物】(下井草4丁目12番2号)

 

ページ番号1007945  更新日 平成28年1月18日 印刷 

長屋門は江戸時代に大名や旗本の武家屋敷の前面に建てられた門で、門番の家臣や下男が住む長屋が棟続きに設けられていたことから長屋門といわれます。その形式や規模はその武士の身分・格式によって異なり、厳しい定めがありました。ですから本来長屋門は武家以外の家では建てることができませんでした。
ところが江戸時代後期になると、領主の許可により村役人(名主・年寄・組頭)層も建てられるようになりました。
当家は初代田中市郎兵衛(貞享2年没)以来村役人を勤めてきた旧家です。井草村領主今川氏は代々幕府高家(儀式を司る官職)として日光東照宮や伊勢神宮などに将軍の代参をしましたが、その折有力農民を士分としてとりたて従者に加えました。田中家もたびたびそのお供をしました。また御用金を献上するなど領主のために大いに貢献しました。このようなことから長屋門を建てることが許されたのだと思われます。特にこの長屋門には、庶民には禁止されていた出格子作りの武者窓がつけてあるのが、特徴です。
間口10間(約18メートル)奥行2.5間(約4.5メートル)建坪約28坪の風格ある造りは屋根こそ瓦葺になったとは言え創建当初の姿をよくとどめています。記録がないので正確にはわかりませんが、当主の6代前(江戸末)に建てられたと言われる貴重な文化財です。

平成元年3月

門の中は公開していません。入場はご遠慮ください。

 

このページに関するお問い合わせ

教育委員会事務局生涯学習推進課文化財係
〒166-8570 東京都杉並区阿佐谷南1丁目15番1号
電話:03-3312-2111(代表) ファクス:03-5307-0693