52 神田川と古代遺跡 【川】(下高井戸3丁目26番1号)

 

ページ番号1007950  更新日 平成28年1月18日 印刷 

この運動場の北側を流れている川が神田川です。
神田川は、武蔵野市と三鷹市にまたがる井之頭池を水源としており、途中で善福寺川と妙正寺川に合流し、中央区の両国橋付近で隅田川に注いでいます。区内での延長は約7.7キロメートルを計り、かっては久我山・上高井戸・下高井戸・永福寺・和泉・和田の旧6箇村を貫流していました。
江戸時代に入ると神田川は、江戸市民に飲料水を供給するための水道源として神田上水と呼ばれ人々に親しまれてきました。この神田上水は江戸期では最古の水道施設で、天正18年(1590)頃に小石川の目白台下に堰を築き、上水路を開さくして分水を行っていました。なお上水としては、明治34年まで利用されていました。
一方、神田川流域は区内でも遺跡の宝庫として昔から知られ、向ノ原遺跡群、久我山東遺跡群、高井戸東遺跡群、下高井戸塚山遺跡、向方南遺跡、釜寺東遺跡など、旧石器時代から縄文時代、古墳時代に至る多くの遺跡が調査・報告されています。
この下高井戸運動場内も蛇場美遺跡として知られ、平成2年に発掘調査されています。発掘調査では、旧石器時代から縄文時代および中世にかけての遺物が出土しており、複合遺跡であることが解りました。特に蛇場美遺跡では、全国的にも数少ない縄文時代草創期(約12,000年前)の隆起線文系および爪形文系土器、中世の館跡の存在を示唆する堀跡等も検出されており、注目されています。
このように神田川は原始・古代から生活の場として、あるいは生活の手段として利用されてきました。最近では水田を見ることもなくなり、川で野菜類を洗う光景を目にすることもなくなりましたが、このように歴史を見つづけてきた神田川を大切に守り続けたいものです。

平成6年3月

 

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