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更新日 : 2026年8月15日

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特集記事

阿波おどりのポーズをとる冨澤武幸さん

スポーツ・文化

すぎなみビト 東京高円寺阿波おどり振興協会 冨澤 武幸

踊りに染まる、高円寺の夏が来た!
昭和32年の初開催からおよそ70年、今や東京の夏の風物詩となった「東京高円寺阿波おどり」。長年にわたり、この一大イベントの運営を支えてきた東京高円寺阿波おどり振興協会の冨澤武幸さんに、高円寺の阿波おどりの歴史や高円寺というまちと共にある阿波おどりへの思いを伺いました。

目次

「阿波おどりがある高円寺はやっぱりいいまちだ」と皆が思える祭りでありたい

冨澤武幸さんのプロフィール画像

特集ロゴ

プロフィール:冨澤武幸(とみざわ・たけゆき)
昭和33年高円寺生まれ。実家は昭和23年から高円寺パル商店街に店を構える漬物店(現在は閉業)。
幼少期より阿波おどりに参加し、学生時代から運営のサポート業務にも携わる。
平成24年より東京高円寺阿波おどり振興協会の事務局長に就任。現在は専務理事も兼任し、運営のあらゆる調整作業に尽力している。

昭和32年の夏に始まった「東京高円寺阿波おどり」

「東京高円寺阿波おどり」が生まれたきっかけを教えてください。

高円寺で阿波おどりが始まった背景には、まちの成り立ちも影響していると考えています。
高円寺は十分な区画整理が行われる前に高円寺駅ができ、駅開設の翌年、大正12年に起きた関東大震災の復興事業で他県から多くの人が押し寄せました。狭い土地に多くのアパートが建てられ、若い人たちが身を寄せ合って暮らす中で発展してきたまちで、昭和10年代にはさらに人口が急増しました。
戦時中の空襲で焼け野原になった後、懸命に復興に取り組み、ようやく賑わいを取り戻せるかという頃、隣の阿佐ケ谷で七夕まつりが始まりお客さんがそちらに流れてしまいました。閑古鳥が鳴く高円寺の商店街を盛り上げたいという思いから、現パル商店街の若手が、お客さんを呼べる何かをやろうと考えたことが「東京高円寺阿波おどり」の原点です。

いろいろな催しがある中でなぜ「阿波おどり」だったのですか?

盆踊り・みこしが祭りの定番ではありますが、パル商店街には盆踊りの櫓(やぐら)を組む広場がないし、みこしはすごくお金がかかる。予算のない中で何ができるかと迷っていると、誰かが「徳島には“阿波おどり”という、踊りながら道を進む祭りがあるらしいよ」と言い出して、それならできるのではと阿波おどりに決まったようです。
とはいえ誰も踊り方を知らない。そこで日本舞踊の先生に教えてもらって踊ってみたけれど、「これが本当に阿波おどりなのか?」という仕上がりだったとか。阿波おどりを名乗るのははばかられたため、「高円寺ばかおどり」として昭和32年8月に初めて開催されました。

そこからどのような経緯で本格的な阿波おどりに成長していったのですか?

昭和34年には徳島県人会の門戸を叩いて、本場の阿波おどりを教わり始めました。その後、年々参加者が増えていく中で連が立ち上がり始め、自分たちが目指すリズム・踊りを習得しようと、徳島にある有名連に師事するようになっていきました。
今でも高円寺を拠点に活動する多くの連が徳島の連と友好関係を結んでいて、高円寺から徳島へ踊りに行く人も、徳島から高円寺に踊りに来る人も大勢います。

自身の初めての阿波おどりは苦い思い出

冨澤さんご自身の阿波おどりの思い出もぜひお聞きしたいです。

私が育ったのは、パル商店街にあった漬物店。私の阿波おどりの一番古い記憶はとても幼い頃、当時はパル商店街だけの行事で、商店の子どもたちは参加必須だったので、踊りたくなくても浴衣を着せられて参加するしかなかった。恥ずかしかったので手だけ上げて、うつむいたままただ歩いたという記憶があります。楽しいというよりも嫌だったという思い出です(笑)。

苦い思い出だったとは意外です。心境はその後変化していったのでしょうか?

小学校に入ってからは抵抗して踊らなかったのですが、4年生くらいのとき同級生に「自分は商店街の人間じゃないけれど踊りたい。一緒にやってくれないか」と言われました。踊るのが嫌で仕方なかった私からすれば、参加しなくてもいい人がどうしてわざわざ参加したいの?と不思議でしょうがなかったけれど、他にもやりたいという仲間が出てきたので、また参加するようになりました。
ところが周りの踊り子を見ているとすごく上手な人がいて、自分がいくらやってもどうにもならないぞ…というのがよく分かって(笑)、6年生で鳴り物チームに転換しました。友達と工夫しながら音を出す時間はとても楽しかったですね。

その後、振興協会で運営に携わるようになったのはなぜだったのですか?

商店街だけの小さな行事がどんどん拡大し、地域の人たちの自主的な運営協力だけでは難しい面も大きくなっていき、運営組織をきちんと整えるために「東京高円寺阿波おどり振興協会」が発足しました。
私の所属していた連に、たまたま振興協会の幹部が多くいたので、私も自然と運営に関わるようになったというだけ。当時はまだ珍しかったワープロを持っていたので、書類関係の仕事が降ってきたという感じです(笑)。
実際に運営側に回ってみると「こんなにも仕事があるのか」と驚きました。そのまま関わり続けること50年近く、現在は専務理事および事務局長として運営に関するあらゆる調整作業に奔走しています。

地域と共にある「東京高円寺阿波おどり」への思い

「東京高円寺阿波おどり」が東京の夏の風物詩と言えるほど大きな行事となった理由はどこにあると考えますか?

それはひとえに、たくさんの人の力があったからです。地域の方々の応援はもちろん、踊りのレベルアップに励み、運営面でもたくさんの協力をしてくれている踊り子さんたちの力も大きい。運営側と踊り手側が互いにリスペクトし合ってきたからこそ、相乗効果が生まれて「東京高円寺阿波おどり」はレベルアップしてきました。
その結果として今では、2日間で踊り手は1万1,000人、観客は延べ100万人超が参加する大きな行事に成長したと思います。

この一大行事を統括する立場として大切にしているのはどのようなことですか?

先ほど述べた数字は結果であって、あえて誇ることではないと私は思っています。阿波おどりの期間は広いエリアで交通規制を敷くため、住民の方々に少なからず負担をかけて開催しているという気持ちがいつもあります。
ですから来場者が何人、経済効果がどのくらいという以前に、地域の皆さんに「阿波おどりがあるから高円寺はやっぱりいいまちだ」と思ってもらえるかどうかが大切。この行事を誇りに思ってもらえたらそれが一番うれしいです。そのためにも、地域に対して丁寧な対応をしていくことを大事にしています。

今年の開催を前に、区民や来場する方にメッセージをお願いいたします!

ヤットサーヤットヤット 声を上げて踊る冨澤さん「東京高円寺阿波おどり」の最大の目的は地域をよくすること。この行事から人と人とのつながりが生まれ、まちが活気づいてほしいという願いがあります。
来場する方にはぜひ阿波おどりで祭りの空気を味わい、楽しむと同時に、高円寺のまちそのものを楽しんでいただけたらうれしいです。

今年は8月29、30日に開催!

東京高円寺阿波おどりの様子

開催日 2026年8月29日(土曜日)、30日(日曜日)
開催時間 午後5時~8時
場所 JR高円寺駅・東京メトロ丸ノ内線新高円寺駅周辺の各演舞場
問い合わせ NPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会
電話:03-3312-2728

動画で知る! 知れば何倍も楽しめる! 東京高円寺阿波おどり

初めて見る方はもちろん、見たことはあるけれど詳しくは知らないという方に向けて、知れば何倍も楽しめる見どころを動画で紹介。夏を締めくくる高円寺の一大イベントを思いきり楽しみましょう。

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広報すぎなみ(令和8年度)8月15日号 第2434号

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