東京ごみ戦争

 

ページ番号1073429  更新日 令和4年6月28日 印刷 

ごみに対する区民意識の転換

足かけ9年に及んだ反対運動

はじまりは昭和41年(1966年)11月14日、新聞へ折り込まれたチラシでした。「貴区から排出するごみを衛生的に処理するため、杉並清掃工場を下記により建設することになりました」と記載があり、高井戸の住民は、このとき初めて都の決定を知ることになったのです。事前の相談や調整がないままの一方的な通知であったうえ、決定の経緯や理由も不透明であったことから、地域住民による足かけ9年にわたる反対運動が始まったのです。

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昭和43年(1968年)清掃工場設置反対運動の様子
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昭和58年(1983年)に
杉並正用記念財団が編集・発行した
『東京ゴミ戦争 高井戸住民の記録』

ごみ処理をめぐる当時の社会状況

昭和の高度経済成長期、急増するごみは、未処理のまま埋め立てられていました。汚汁を垂れ流す収集車が走り回り、ハエや蚊、悪臭などへの対策は追いつかず、その大半を受け入れていた江東区では、環境被害が深刻化。清掃行政を担っていた東京都は、区ごとに清掃工場を建てようと計画します。しかし、各区で工場建設が進まないことから江東区はごみの受入れを拒否し、激しく紛糾しました。

この状況は「東京ごみ戦争」と称されました。

反対運動から和解・工場建設までの軌跡

東京ごみ戦争年表
年月日 内容
昭和41年11月14日 都が高井戸に杉並清掃工場建設を発表
11月19日 建設反対期成同盟が発足
昭和43年10月5~9日 都の測量隊立入阻止
昭和46年9月28日 美濃部東京都知事が東京ごみ戦争を宣言
昭和47年2月26日 都との覚書交換(強制収容はしない旨の内容)
12月22日 杉並区のごみ搬入を江東区が阻止(第1回)
昭和48年5月22日 杉並区のごみ搬入を江東区が阻止(第2回)
5月23日 都が建設予定地を高井戸に再決定
昭和49年11月25日 杉並清掃工場建設に関する和解成立
昭和54年 杉並清掃工場本体工事着工
昭和55年11月1日 財団法人杉並正用記念財団設立
昭和58年1月1日 杉並清掃工場本格操業開始
4月1日 高井戸市民センター開設
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清掃工場設置反対運動
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杉並清掃工場建設

和解勧告と杉並清掃工場の完成

高井戸住民の団結力

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住民の反対運動の様子と、
見張り所となったゴルフ練習所の鉄塔

チラシ配布後、5日後には建設反対期成同盟が結成され、1週間で約2万名分の清掃工場建設反対の署名が集まりました。東京都側と反対期成同盟の話し合いは難航し、ついに都は高井戸清掃工場建設用地の強制収用のための測量を開始しました。住民はゴルフ練習所の鉄塔を見張り所とし、都の職員が測量に現れるとその都度、置いてあるブリキの缶を叩き、住民を集めて測量を阻止しました。

建設予定地の近くには高井戸小学校・高井戸幼稚園等があり、通学児童・園児の幼い生命が危険にさらされることになるので、子どもたちの未来のためにも建設に反対する必要があったのです。

 

和解勧告

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握手を交わす内藤委員長(左)と美濃部都知事(右)

都との度重なる協議を経て反対期成同盟の側も「反対のための反対」ではなく、地元住民の安全・安心のための条件を東京都がどこまで出せるか、という部分の交渉に変化していき、最後には、高井戸の子どもたちの未来のために和解に応じようと高井戸住民はまとまりました。

昭和49年(1974年)11月に東京地方裁判所から「和解勧告」が出され、足かけ9年続いた高井戸住民と東京都との対立に終止符が打たれました。

初代杉並清掃工場の完成

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昭和57年(1982年)初代杉並清掃工場が完成

和解条項に基づき、工場の建設計画段階から住民の意見を取り入れ、都は昭和54年(1979年)に建設工事に着手し、昭和57年(1982年)に初代杉並清掃工場が完成しました。

最新の公害防止設備を備えるとともに、環八通りの地下を通る搬入路の設置等の厳格な安全対策を講じるなど、当時最も地域環境に配慮した清掃工場となりました。

子どもたちの未来のために

現在の杉並清掃工場

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現在の杉並清掃工場(平成29年(2017年)竣工)

設備全体の老朽化に伴い、初代杉並清掃工場は平成24年(2012年)にその役割を終えました。その後建替え工事が完了し、平成29年(2017年)から稼働している現在の工場は、太陽光発電パネルや地中熱を利用した空調設備など、自然エネルギーを利用するとともに、発電効率の向上、消費電力の低減など、地球温暖化の防止にも取り組んでいます。最新鋭の公害防止設備を導入し、屋上緑化や壁面緑化など、地域環境に配慮するとともに、敷地内にウオーキングロードや足湯などの住民の方々の健康と憩いの場の提供も行っています。

東京ごみ戦争歴史みらい館

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東京ごみ戦争歴史みらい館

新しい清掃工場内には、「東京ごみ戦争歴史みらい館」を設置し、清掃工場設置に至る経緯や当時の動画、新聞記事などのさまざまな資料を保存・展示しています。

清掃工場は、日常生活の中で発生する身近な「ごみ」を題材に、地域の歴史や広く環境問題などについても学習できる施設であり、近隣の小学校の環境学習にも利用されるなど、次世代を担う子どもたちに住民と行政との協働への道筋を拓いた歴史と教訓を継承する取り組みを行っています。

ごみ戦争後の住民意識の変化

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現在の高井戸市民センターと子どもの像

ごみ戦争後、住民のごみ問題に対する意識が大きく変わりました。行政と住民が協力して清掃事業を進めていくことの大切さが認識されたといえます。

杉並清掃工場は平成29年(2017年)に建て替えられましたが、「地域にとけこみ、信頼される清掃工場」として、これからの循環型社会の形成に向けた取り組みをさらに一層推進しています。

隣接する高井戸市民センターには「次世代の子どもたちのための環境」を象徴した子ども向けの図書スペースや、子どもの像があり、子どもたちの未来のためにと活動した高井戸住民の想いは子どもたちに受け継がれています。

 

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